闇黒日記?

にゃもち大いに語る

福田恆存讀書會「當用憲法論」その二

承前。テキストは麗澤大学出版会版福田恆存評論集第八卷所收の『當用憲法論』。

NHKの座談會『憲法意識について』に出席したエピソードは、まあ落語の枕みたいなもので、導入部だから、ここからが本題と云ふ事になるわけだ」
「ああ。ぼくが不滿をぶちまけるのも、ここからが本番だな。福田氏は最初に、憲法の改正について論じてゐるが……」
「現憲法は欽定憲法の改正によつて生れた、と云ふ事情があるからね。ああ、言つておくけれども、『現憲法』も『欽定憲法』も、福田さんがこの論文で使つてゐる言ひ方を、ぼくは今、そのまま使つてゐる」
「ぼくは福田氏が『欽定憲法』と言つてゐるのが氣になるよ。やはり、福田氏は、欽定、即ち君主から與へられた憲法を有難がりたいのでないか」
「その邊の事を喋るのは、餘談のやうになるけれども、結構大事な事だから喋つておくかな。日本人は、多くの人が今、現憲法を『民定憲法』と言ひ、大日本帝國を『旧憲法』と言つてゐるだらう。福田さんはその逆の立場であるのだ。だから、福田さんとしては、大日本帝國憲法を『欽定憲法』と言はざるを得ない筈だよ。しかし、この『欽定』と云ふ事は、福田さんの價値觀が要求するのでなく、福田さんの論理が要求する、日本の憲法の要件でもある」
「價値觀でも論理でも關係ないよ……」
「いや、關係大ありだね。單なる價値觀なら、きみが言ふやうに、價値觀で否定すればいい、けれども、價値觀に關係ない論理なら、きみがどんな價値觀を抱いてゐようとも、それ自體としては認めなければ行けない」
「ぼくは何が言はれてゐても、ぼくの價値觀を捨てる氣はないね」
「多分さうだと思ふよ。いや、きみに限らず、多くの人が、きみのやうな考へ方を持つてゐるし、きみのやうな態度をとる筈だ。NHKの座談會に出席した小林直樹氏、大江健三郎氏、高坂正堯氏、そして佐藤功氏――これらの人々は、現憲法肯定論者、所謂『護憲派』であるのだけれども、きみと同じやうに、何を言はれても價値觀を變へない人々だよ。福田さんはそれを十分承知してゐた。福田さんにしてみれば、自分が考へを變へた事なんて何でもない事だつた。けれども、それが他の人々には非常に困難である事は、福田さん、よく承知してゐたんだ。だから福田さんは、自分が價値觀を改める事は出來るけれども、他人までも價値觀を改めるやうにする事は出來まいと、まあ、諦めてゐたんだね、だから自分は「『改憲派』から『無關心派』に脱落」したのだ、なんて言つて見せたわけだ」
「ふうん、ぼくは福田氏が、憲法論に關しては最初から腰が引けてゐたんだな、としか思へなかつたよ」
「腰が引けるも何も、福田さんは壓倒的少數派だつたからね。そこで暴れてみても何うしやうもなかつただらう、今だつてぼくがインターネットで暴れれば、多數派の諸君が數を恃みに叩いて呉れるんだぜ。ぼくならいざ知らず、頭のいい福田さんが、他人を『改宗』させようだなんて、言ふわけないぢやないか。『護憲派』が多數派で福田さんが少數派なら、社會的には『護憲派』が『正氣』で福田さんが『狂氣』だ。となると福田さんは道化を演じて見せるしかない」
「道化かい。なら、ぼくらはリア王だな。きみはぼくらが最後には荒野で發狂するとでも言ひたいらしい」
「正氣も狂氣も、社會的には相對的なものだよ(笑)。ただ、少くとも、福田さんは、ショーの場でのアミューズメントと云ふ事は、忘れてゐなかつた、と云ふ事。まあ今は、福田さんの憲法論を讀み進めてみよう」
「うん」

「福田さんの論文とは順番を變へて、歴史的事實に基いて、話を再構成してみようと思ふ。福田さんの言つてゐる事を鸚鵡返しに繰返したつてしやうがないからね」
「ぼくはきみが鸚鵡だと思つてゐたよ」
「結局は同じ事を言ふだけだからね、ただ、見方を變へれば、見えなかつたものが見えてくるかも知れない」
「能書きはいいから、さつさとやつてみ玉へ」
「欽定憲法は『茲に大憲を制定し朕が率由する所を示し朕が後嗣及臣民及び臣民の子孫たる者をして永遠に循行する所を知らしむ』と云ふ敕語とともに發布された。これに對して現憲法は『これは人類普遍の權利であり、この憲法は、かかる原理(基本的人權・戰爭抛棄・主權在民)に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する』と云ふ前文を伴つて公布・施行された。斯うして見ると、欽定憲法と現憲法は、大變よく似てゐて、形式上、内容の變更を許さないものになつてゐる。『現憲法改憲する事は許されない』とする『護憲派』に、『その理窟を言ふならば、そもそも欽定憲法自體が改憲を許されないものであつたではないか』と福田さんはジャブを放つたわけだ」
「どんなに無茶な憲法でも『改正してはならない』と規定すれば未來永劫、改定不可能なのか。そんな改定をやらかしたら、それは『革命』なのか――いや『革命』で結構だ。新憲法を制定したと考へてもいい」
「話が先走つてゐるなあ。福田さんも、それを結局は言つてゐるんだよ。それこそ話の順番が逆になるけれども、結論を書いてしまふと、福田さんは、現憲法は革命的――或は超法規的に――成立したものだ、と言つてゐるんだ。だが、現憲法が革命的に成立したのなら、現憲法を革命的にひつくり返したつて何の不都合もあるまい」
「そんなの許せないよ」
「そりや、きみの立場、きみの價値觀ならば、さうだらう。けれども、形式的には、許すも許さないもない、力で欽定憲法を潰して現憲法を新憲法として制定したのが『あり』だと言ふなら、力で現憲法を潰して欽定憲法を復活させたつて『あり』だらう」
「力? 暴力革命かい」
「權力でも暴力でも構はないよ。何れにしても、力づくでやらかすのならば、理窟なんてものは後からついてくるに過ぎなくなる。『無效論』と言ふけれども、福田さんのは、理詰めで無效と『言ふ』のではなくて、力で無效に『する』のを理窟で補強してゐるんだ」
「それは危險思想だぜ」
「ああ、實に過激だね。だから三島由紀夫が驚いたんだ。三島は福田さんの憲法論に驚いて、それでクーデタを試みる事になつたのではないかとまで言はれてゐたりする。『証言 三島由紀夫福田恆存 たった一度の対決』にその邊の話が出てゐる。讀んでみると面白いと思ふよ」
「三島は右翼だよ。福田氏も……」
「さう言ふと思つた。だが、形式上の話だけで過激な事を言つてゐても仕方がない。過激なのに喜ぶのは、まるで解つてゐない保守主義者か、悟つてしまつた無行動主義者か、だ。福田さんも、一部の人を喜ばせてゐるだけではしやうがない、と解つてゐるから、ちやんと内容の話をして呉れてゐるよ。次囘からはその邊を讀んで行つてみたい」
「だが、ぼくは福田氏には疑問を感じてゐるんだ。福田氏の論理には、一々、茶々を入れさせてもらふ。覺悟しておいてくれ玉へ(笑)」

續く。